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東京高等裁判所 平成11年(う)1953号 判決

被告人 安本博康

〔抄 録〕

一 被告人のバッグの開披、ドライバーの発見、取り出しと被告人の軽犯罪法違反容疑による現行犯逮捕について

1 椎名清、福原三敏及び林武仁の原審各証言等関係証拠によれば、被告人のバッグについての本件所持品検査及び被告人の軽犯罪法違反容疑による現行犯逮捕までの経緯、経過は、おおむね、原判決が「事実認定に関する補足説明」の第一、第三の一の(1)、(2)において摘示するとおりと認められる。その概要は、以下のとおりである。

我孫子警察署の椎名清警部補らは、平成一〇年九月二八日午後一一時三〇分ころから翌二九日午前四時二五分ころの間に原判示坂本光司方で発生した本件住居侵入、窃盗事件の犯人が逃走している旨の情報を受けて、同二九日午前四時五〇分ころ、犯人の探索、逃走防止のため、被害者坂本光司方の最寄りの無人駅であるJR東我孫子駅に赴いた。椎名警部補らは、同駅上りホームのベンチに紺色バッグが置いてあるのを発見し、付近の検索に当たっていたところ、同日午前五時一〇分ころ、同署の平野巡査部長が、同駅上りホームのベンチの近くで背中にリュックサックを背負い黒っぽい手提げバッグを持った被告人を職務質問しているのを認め、同巡査部長から、被害者宅付近で目撃者が見た犯人らしい者の身長や服装、リュックサック、黒っぽいような手提げバッグを所持していたことなどが被告人と一致していると聞かされたため、被告人が本件窃盗事件の犯人ではないかとの疑いを抱き、同巡査部長と共に職務質問を続けた。被告人は、二〇〇メートル余りある上りホームを行き来しながら、氏名や住所を明らかにしようとせず、所持品の提示を求められても、「令状を持って来い。」「何も言う必要はない。」などと言ってこれに応じようとしなかった。その後、同署の林武仁巡査や藤崎潤巡査部長らが、さらに、同日午前六時五〇分ころには、応援を要請された同署の福原三敏地域課長代理(以下「福原代理」という。)が職務質問に加わった。福原代理は、被告人の肩や腰付近に手を掛けるなどして被告人をホーム上の待合室に誘導し、同室のいすに被告人を右側にして並んで座り、バッグの中を見せるように説得を続けたところ、被告人が、いすの右側に置いていたバッグを取って黙って被告人のひざの上に載せたので、バッグの開披を承諾したものと理解し、林巡査にバッグを開披するよう指示した。林巡査が、バッグのチャックを開けると、中には新聞紙の束が入っており、そのほかにも入っている様子であったので、バッグを被告人のひざの上から福原代理の左側に移動させ、新聞紙の束及びタオルを取り出したところ、白いビニール袋に入ったドライバー一本(前同押号の1)が出てきた。林巡査は、バッグから右ドライバーを取り出して、被告人に「どうしてこういう物を持っているのか、何に使うのか。」と尋ねたが、被告人は「そんな物は知らない。おれのじゃない。」と答えるばかりであったので、正当な理由がないのにドライバーを所持していたとして、同日午前七時〇四分、被告人を軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕した。

2 右のような事実及び経過が認められ、本件バッグの開披は、警察官職務執行法二条に基づく職務質問に随伴するものとして許容され得る所持品検査として行われたものと認められるところ、この職務質問、所持品検査に対する被告人の対応、態度について、所論は、原審弁護人が、被告人は二時間近くも警察官の説得に応じなかったのに福原代理が来てからわずか一〇分で態度を軟化させたというのは不自然であるなどと主張したのに対し、原判決が、(1)福原代理が来るまでに、被告人の口数が少なくなり、硬い態度を変え始めていたと椎名、林が証言している、(2)福原代理は、五五歳のベテラン捜査官で、その説得が効果的であったとしても不自然でなく、同人が暴力的行動に訴えてそれまでの他の警察官による説得活動を無にするような行動に出るとは考え難い、(3)被告人が逮捕された同日午前七時〇四分ころは、駅のホームには通勤、通学者が多くなってきた時刻であるから、公衆の面前で警察官らが暴行を働いたとは容易に認め難い旨説示している点を論難し、偏見に満ちた判断である、という。

しかし、右(1)の点については、原判決が説示しているように、椎名及び林の原審各証言によれば、被告人は、福原代理が職務質問に加わるまでの間に、口数も少なくなるなど、当初の拒否的でかたくなな態度に変化が生じていたものと見ることができる。このように被告人が態度を軟化させたのは、この間やその後の被告人の言動に徴しても、所論のいうように、被告人が七七歳の高齢であり、疲労困憊し、疲弊した結果に過ぎないというわけではなく、椎名警部補らによる長時間に及ぶ根気よく粘り強い職務質問、説得を受けたことによるものと認めることができる。右(2)の点については、福原代理は、前示のとおり、応援要請により現場に駆け付け、他の警察官らと被告人に対する職務質問を行うようになったものであることからしても、原判決が説示しているように、それまで他の警察官らによって行われていた説得活動を無にするような行動をとるとは考え難いし、福原代理の職務質問、説得が効果的であったことは、椎名及び林の原審各証言からうかがわれるばかりでなく、福原代理が説得を始めて間もなく、被告人が、当初の反抗的な態度と異なり、特に抵抗することもなく、言われるままにホームの待合室のいすに腰掛け、林巡査が被告人のバッグからドライバー等を取り出した際にも、抗議したりすることもなかったことによっても裏付けられているといえる。所論は、原判決が、「被告人の態度が軟化し始めた」と認定しながら、一方で、「職務質問に対し、被告人は、最後まで頑なな態度を変えなかった」と説示しているのは明らかに矛盾しているというが、原判決は、職務質問に対する被告人の硬い態度に変化が見られ、軟化し始めたものの、被告人が結局本件バッグの所持品検査に明示的な承諾をしなかったことから、最後までかたくなな態度を変えなかったとするものであって、原判決の認定、説示に矛盾があるとはいえない。所論の指摘する原判決の右(3)の説示は、椎名、福原及び林の原審各証言に照らし首肯することができ、所論にそう被告人の原審及び当審公判供述は、右各証言と対比し、信用することができない。

3 所論は、本件バッグの所持品検査においては、警察官は、被告人が電車に乗ろうとするのを前に立ちはだかって阻止したばかりか、被告人を取り囲んで抵抗を抑圧し、体を押さえ付け、被告人のバッグを奪い取り、勝手に開披して本件ドライバーを発見したのであり、警察官らの有形力の行使が非常に大きなものであったことは、被告人のひざの裏に傷があったことや、被告人が所持していたリュックサックの中に入っていた鏡が割れていることによっても裏付けられている旨主張する。

(一) しかし、椎名、福原及び林の原審各証言によれば、椎名警部補らは、前示のようにして、被告人に対して、長時間にわたり根気よく粘り強い職務質問、説得を試み、所持品検査を行ったものと認められるが、この間に所論のいうような違法と目すべき有形力を行使して被告人からバッグを奪い取り、本件ドライバーを発見するに至ったものとは認められない。この点は、原判決も説示しているように、本件職務質問が、いわば衆人環視の状態にある駅のホーム上で行われており、早朝とはいえ通勤通学客も増えてくる時間帯で、長時間にわたって続けられていることからも、裏付けられているといえる。所論にそう被告人の捜査段階から当審に至る弁解供述は、右各証言等関係証拠と対比し、信用することができない。

(二) 所論の被告人のひざの裏の傷の点に関しても、被告人が警察官の暴行により足に打撲を受けたものとは認め難いことについて、原判決が「事実認定に関する補足説明」の第三の一の(2)において説示するところは、所論の論難あるいは指摘の点を考慮しても、首肯することができる。すなわち、被告人は、軽犯罪法違反容疑による現行犯逮捕後、勾留質問に至るまでの間に警察官の暴行やけがについては何ら訴えておらず(弁解録取書写し、弁二号証)、勾留質問の際に初めて「違法逮捕の時、右足ふくらはぎに打撲傷を負いました。」旨述べているに過ぎず、この勾留質問調書(弁七号証)中の記載も、佐々木の原審証言に照らし、必ずしも打撲傷の存在を裏付けるものとは認め難いし、被告人の検察官調書写し(弁一三号証)や原審及び当審公判供述あるいは上申書(弁一号証)等における所論にそう弁解供述は、打撲部位に関する供述が不自然に変転していることなどからも、また、岩橋良の原審証言等の関係証拠に照らしても、信用するに足りない。

(三) また、被告人は、原審及び当審において、本件逮捕の際警察官に押え込まれてリュックサックの中に入れていた鏡が割れた旨供述しているところ、当審で取り調べた、被告人がリュックサックに入れていたという二つ折りの蓋付きの鏡(当審弁一〇号証、当庁前同押号の4)は、鏡面が割れていることが認められるが、被告人の右供述は、それ自体に徴しても、また、前掲警察官らの各証言等の関係証拠及び右鏡の形状や鏡面の破損の状態等に照らしても、信用性が乏しく、右破損が本件職務質問や所持品検査等の際の警察官の行為によるものであるとは認め難い。所論は、藤崎巡査部長や佐々木係長がリュックサックの中身は見ておらず、知らないと証言しているのは、不自然であるというが、右各証言や保田辰彦及び藤崎潤の当審各証言等に徴しても、藤崎巡査部長らが右鏡の破損の事実を殊更隠そうとしているようにはうかがわれない。右鏡が破損しているからといって、被告人に対する警察官らの暴行を否定した原判断が左右されるものとは考え難い。

4 所論は、被告人は、現行犯逮捕後も所持品の任意提出を拒み続けたことからも、東我孫子駅ホーム上でバッグの開披に同意したとは到底考えられないのに、被告人が本件バッグの開披に黙示の承諾をしたと判断している原判決は、明らかに誤りである、という。

(一) しかし、本件所持品検査、すなわち警察官による本件バッグの開披、ドライバーの取り出し行為について、原判決が「事実認定に関する補足説明」の第三の一の(3)において、認定、説示しているところは、関係証拠に照らし、おおむね是認することができる。

すなわち、右の点については、<1>被告人に対する窃盗の容疑は相当に根拠のある濃厚なもので、職務質問をする場所が駅のホーム上という逃走しやすい場所であったことなどからすると、その容疑あるいはその容疑にかかわる物の所持などを確かめるために、被告人の氏名、年齢、住所などを質問することは勿論、その所持品の開披を求めることも、必要性のあるものとして当然許されるものというべきであり、被告人は、職務質問に対し、身の潔白を示すための弁明をすることもなく、答えようともしないなどの不審な態度をとり続けていたのであるから、右のような目的でされた職務質問が相当長時間にわたったとしても、必ずしも不当であるとはいえないこと、<2>被告人は警察官らの説得や求めに応じず最後までかたくなな態度を変えなかったのであるから、他にその容疑を確かめる適当な方法がなかったものと認められる警察官らが、被告人の所持するバッグのチャックを開けてその内容物を確かめることは、右職務質問に随伴する必要かつやむを得ない行為であり、当時の状況から容疑解明のために緊急性を要する行為であったこと、<3>本件バッグの開披、ドライバーの取り出しは、右のような状況下で、粘り強い説得を経て、被告人のいわば「放認」ともいうべき、事実上黙認したと見られる態度(被告人はあきらめの気持ちになっていたのか抗議する気配も示していない。)の下にされているのであって、その態様は、被告人の承諾を全く問題としないまま強引にバッグを開披するなど強制的に捜索する場合とは自ずから異なるものがあること、<4>右のような態様でバッグが開披されることで被る被告人の不利益は、被告人に対する本件窃盗事件の容疑の強さや、そのための職務質問に対する被告人のかたくなな態度等に照らすと、なお受忍の範囲内といえないわけではないことなどの諸点を指摘することができる。右のような諸点を考慮すると、本件において、警察官が被告人所持のバッグを開披し、その中身を取り出したことは、なお職務質問に付随する所持品検査として許容される範囲を逸脱したものとまではいえない。

(二) 原判決は、本件バッグの開披、ドライバーの取り出し行為について、「被告人の明らかな承諾のもとになされたものとは言えない」と判示しており、被告人の黙示の承諾があったと明示しているわけではないが、前記1に判示のような状況を総合して、黙示の承諾があったと見ることが可能な状況の下でされたものと認め、これを被告人の「放認」の下においてされたものと判示したものと解され、これが所論のいうように誤りであるとはいえない。

(三) 一般に、所持者の明確な承諾がないまま、その所持にかかるバッグを開披し、内容物を取り出す行為は、プライバシー侵害の程度の高い行為であって、その態様によっては捜索に類するものといわざるを得ない場合があることは、所論引用の最高裁判例(最高裁判所昭和五三年九月七日判決・刑集三二巻六号一六七二頁)の説示するところであるが、右判例や所論引用の各裁判例を参酌検討してみても、本件警察官による被告人のバッグの開披、ドライバーの取り出し行為は、前示のように、被告人の明確な承諾がないままとはいえ、被告人の事実上黙認する状況の下でされたものと認められるところから、所論のいうように、職務質問に付随する所持品検査の許容限度を逸脱した、違憲、違法のものということはできない。

《中略》

二 被告人所持の現金の差押えについて

1 佐々木幸司、大田利文、藤崎潤、藤原知弘の原審各証言等の関係証拠のほか、佐々木、藤崎及び保田辰彦の当審各証言によれば、我孫子警察署で警察官が被告人から現金を差し押えるまでの経緯、経過については、おおむね、原判決が、「事実認定の補足説明」の第三の三の(1)で摘示するとおりと認められる。その概要は、以下のとおりである。

被告人は、前示のとおり、軽犯罪法違反で現行犯逮捕された後、当日午前七時二四分ころ、我孫子警察署に引致され、取調室で藤崎巡査部長から弁解を録取されたが、違法逮捕だから何も話さない旨申し立て(弁解録取書写し、弁二号証)、所持品を任意提出するように求められたのに対しても、これを拒んでいたが、同巡査部長の説得により不承不承ながら財布や免許証を机の上に出した。しかし、被告人が、弁解録取書に署名、指印することを拒否したところから、藤崎巡査部長は、刑事課捜査係長で盗犯係の責任者である佐々木幸司係長に引き継いだ。藤崎巡査部長に代わって佐々木係長が取調室に入ると、鑑識係の藤原知弘巡査が、被告人に対し履いている靴を見せるように説得していた。被告人は、当初これを拒んでいたものの、やがて説得に応じて片方を脱いだので、藤原巡査がその靴底を確認した。被告人は、右靴の任意提出には応じなかった。藤原巡査は、さらに、机の上に置いてある財布の中身を見せてくれるよう説得を続けた。被告人は、最初のうちは「知らない、違法逮捕だ。」などと言って拒否していたが、やがて「勝手にしろ。」と言って、見てもいいというような素振りをした。そこで、藤原巡査は、被告人が承諾したものと思い、被告人の目の前で財布の中から一万円札八枚を含む現金を取り出して机の上に並べたが、この間、被告人は無言であり、抵抗したり、抗議するような言動はなかった。藤原巡査は、佐々木係長の指示で、取り出した現金の写真撮影をした上で、指紋が付かないようにして現金を財布の中に戻した。佐々木係長は、被告人が現金や靴の任意提出に応じなかったので、現金については、令状により押収して指紋採取の必要があると考え、被疑者の所持品の保管担当の留置係が紙幣を数えるなどして指紋等が消失したりするのを防止するため、捜索差押許可状の発付を得て差し押さえるまでの間、一時的に預かることにし、遅滞なく留置係に引き継げば被疑者留置規則上問題はないと考え、被告人に対し、「どっちみち留置場に行ったら預かるのだから、とりあえず私が預かっておくぞ。」と言って、後で留置係に届けるつもりで、右財布を刑事課の金庫に保管した。佐々木係長は、その後同日午前九時三〇分ころから、現行犯人逮捕手続書を確認して被告人の取調べを行ったが、被告人が取調べに応じず、否認していたので、取調状況報告書を作成し、右財布に対する捜索差押許可状の請求や被告人を軽犯罪法違反で身柄付きで検察庁に送致する準備したほか、被告人を窃盗で再逮捕することの可能性等を検討し、再逮捕に備えての令状請求の準備などをした。佐々木係長は、右のような事務処理に忙殺されたため、右財布を留置係に渡すのを失念していたが、同日午後九時前後ころ、仕事が一段落したところで、刑事課の金庫から右財布を取り出し、留置係の保田辰彦係長に、在中の金額を話して、「これは安本の所持金だ。余り中をいじらないでくれよ。」と言って渡した(佐々木の当審証言)。翌三〇日午前八時五五分ころ、捜索差押許可状により留置管理事務室内のロッカーに保管されていた被告人の現金(本件被害現金でないことが明らかな五〇〇円記念硬貨を除く九万六一八七円、以下「本件現金」という。前同押号の3)入りの財布と靴が差し押えられた(なお、その後、一万円札のうちの二枚から被害者の指紋が検出されている。)。

2 右のような経過及び事実が認められるところ、所論は、被告人は、原審公判で警察官から財布を取り上げられたと供述しており、被告人が財布を取り出した状況について供述する藤崎、藤原及び佐々木らの原審各証言は整合していないから信用できない、仮に、被告人が任意に財布を提出したとすれば、任意提出書が作成されるはずであるのに、本件ではこのような手続がされておらず、現金の提出と警察での保管には法的根拠がない旨主張する。

(一) しかし、被告人が財布を取り出した状況に関する右藤崎、藤原及び佐々木らの原審各証言は、主要な点において相互に符合していて、特段疑問とすべきところはなく、前示1の経過にそうものとして、信用性を認めることができるのに対し、所論にそう被告人の原審及び当審供述は、右各証言や佐々木、藤崎の当審各証言等の関係証拠に照らし、たやすく信用し難い。

(二) 本件現金については、所論が指摘するように、佐々木係長が被告人から預り保管した際に任意提出書が作成されておらず、刑訴法上の任意提出の手続によっていない。これは、本件における前示1のような経緯、経過からすると、被告人が財布を差し出したのは、藤崎巡査部長の説得により自らの意思に基づいて行ったものであり、藤原巡査が財布の中の現金を取り出して机の上に並べたのは、被告人の承諾の下に行われたものと見ることができるが(これを藤原巡査が写真撮影しているが、これも被告人が容認していたものと認められる。)、被告人が任意提出の手続によることには応じなかったからであると考えられる。

(三) ところで、本件被告人のように、軽犯罪法違反の容疑で現行犯逮捕されて留置されようとしている被疑者に対して、留置主任官は、罪証隠滅等捜査に支障があると認められる物の提出を求め、保管しておくことが義務付けられている(被疑者留置規則九条一項三号)。本件における現金は、まさにそのような物に当たり、留置主任官によって保管される必要があったものということができ、佐々木係長としては、被告人の身柄を留置場に入場させるため留置係に引き渡す際、被告人の所持品として右現金等も留置係に引き継ぎ、留置係において所定の手続を経て所定の保管場所に保管すべきものであったといえる。佐々木係長のとった措置は、そのような手続をとることなく、当初一時的なつもりであったとはいえ、結果的にほぼ半日の間本件現金を刑事課の金庫に保管した点で、被疑者の所持する物品の保管の手続、方法を誤り、被疑者留置規則の定めに違反したものといわざるを得ない。しかし、本件現金については、関係証拠を検討しても、佐々木係長が刑事課の金庫に保管していた間に、出し入れがされるなど、保管の方法自体に疑問を抱かせるような事跡はうかがわれないことなどからして、その保管の経過を全体として見れば、被疑者留置規則九条一項三号又は同条二項に基づく留置保管と見ることができないではない。そうであるとすれば、本件現金の保管行為が、所論のいうように全く法的根拠を欠くものとまではいえない。もっとも、佐々木係長による本件現金の保管行為自体は、留置保管手続の具体的な手順、方法を誤ったに過ぎないものと見ることができないわけではないとはいえ、刑事事件の捜査手続と密接に関連する被疑者留置規則の目的、役割等からして、軽視できないが、佐々木の原審及び当審証言や関係証拠によると、佐々木係長らは、被告人が本件現金の任意提出に応じないことから、別途捜索差押令状の発付を請求し、その後これを執行して本件現金を差し押さえていることなどからも、佐々木係長に令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があったものとは認められないこと、被告人の現金が刑事課の金庫に保管されてから留置係のロッカーに移されるまでの間に、身柄留置中の被告人が格別不利益を被ったと認められるような事跡はないこと、そして、本件現金のうちの紙幣等に指紋等が残存するか確認するため確実に証拠保全する必要性、緊急性があったことは明らかであることなどの事情を総合すると、佐々木係長の本件保管行為の違法の程度は、本件現金の証拠能力を否定しなければならないほどの重大なものであったとはいえない。

(四) 右のように見ることができるものとすると、原判決が、本件現金の取り出し及び保管は、被疑者の留置場への留置の際に認められる所持品の提出保管としてされたとはいえないとし、取調警察官が被告人の財布の中の所持現金を取り出して写真撮影し、引き続いてこれを保管した行為は、本件窃盗等の証拠収集のため行われた事実上の捜索差押行為と見ざるを得ず、それ自体としては法的根拠のない違法なものであると判示しているのは、首肯し難いものといわなければならないが、原判決も、その違法が令状主義の精神を没却するほど重大な違法ではないとして、結局本件現金の証拠能力は否定していないのであるから、原判決の判断は、結論において是認することができる。

(龍岡資晃 植村立郎 川上拓一)

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